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賃貸のお困りQ&A

ネズミ被害に退去した賃借人の賃貸人に対する損害賠償請求が棄却された事例

今回のケース

平成24年11月、歯科医院の賃借人Xは、賃貸人Yが歯科医院を営んでいた本件建物の1階店舗部分(本件物件)を歯科医院として使用するため、居抜きにて本件賃貸借契約を締結しました。

平成28年11月、Yは、Xから「本件物件の天井裏をネズミが駆け回り、他の入居者からもネズミが出た、と聞いた」との報告を受け、ネズミ駆除事業者と業務委託契約を締結。平成28年12月から平成30年11月ごろまでに計29回の防除業務を実施しました。

Yおよび同事業者は、本件物件の隣室がいわゆるごみ屋敷で、糞やかじられた壁が見られることから、ネズミによる排泄物や鳴き声などの被害(以下「ネズミ被害」という)の発生場所と疑い、隣室の賃借人(90歳の高齢者)に対して、原因調査を依頼していましたが、同賃借人から拒否されていました。

平成30年3月30日、XはYに対し、本件物件内のネズミ被害が継続していることなどを理由に、本件賃貸借契約の解除を通知し、同年10月31日に本件物件を退去しました。

Xは、本件賃貸借契約において、①本件物件を引き渡す際、隣室がごみ屋敷であること、本件賃貸借契約締結の半年前にネズミ被害が出ていたことを賃借人に隠して本件賃貸借契約を締結し、歯科医院としての円滑な活動ができない状態で本件物件を引き渡したのは、Yの債務不履行に当たる、②平成28年11月にネズミ被害が発生し、その原因が隣室にあることを認識しながら、隣室の賃借人に対して任意の退去を求めただけで、防除作業に協力させたり、賃貸借契約を解除して隣室の明渡しを求めるなどの対応を取らなかったのは、Yの債務不履行に当たるなどと主張。Yに対し、営業損害等(4,326万円)の損害賠償を請求しました。

一方、YはXに対して、本件賃貸借契約に基づく未払賃料91万円等の支払いを求めて反訴しました。

解説

裁判所は次のように判示して、Xの請求を棄却し、Yの反訴請求を一部認容した。

(1) 引渡し時の債務不履行の有無について

平成元年から平成24年5月ごろまでの間、本件建物内でネズミが確認されたことはなく、平成24年5月ごろにネズミが初めて確認された際には、ネズミ駆除事業者の防除作業によって、本件物件がXに引き渡されるまでの間、本件建物内でネズミが確認されることはなかった。

よって、YがXに本件物件を引き渡した平成24年12月1日時点で、本件建物において現にネズミが出没または生息するといった事実があったとはいえず、また、隣室の状態に起因して本件物件の衛生面などで何らかの問題が生じていたことを具体的にうかがわせる証拠はない。

さらに、Xは、平成29年7月ごろまでは、歯科診療を継続していたことから、Xが本件物件の引渡しを受けた際、歯科医院として使用収益できる状態になかったとは認められない。

(2) 引渡し後の債務不履行の有無について

Yにおいて、隣室がネズミ被害の原因であると確定的に認識していたことを裏付けるものはなく、その他に推知させる的確な証拠がないことを踏まえると、ネズミ被害の原因については、隣室内にネズミが生息していた可能性の他に、床下の配管を通じて本件建物の外からネズミが浸入していた可能性もあり、どちらの方が可能性が高いとはいえないと認められる。

また、Yは、同事業者による隣室内の立ち入りの際、自らも複数回にわたり隣室内に入り、同賃借人に対して、ネズミ被害の原因調査に協力するよう何度も要請していると認められる。このことから、賃貸人としての立場で可能な限度において、同事業者の当該調査に協力していたと評価することができる。

さらに、Yが、同賃借人が調査に協力しないことを債務不履行の理由として、隣室の賃貸借契約を解除したとしても、Xが退去した平成30年10月よりも早く、同賃借人の退去という目的を果たすことができたか、相当程度疑問があるといわざるを得ない。

従って、Yにおいて、同賃借人がネズミ被害の原因に関する調査に応じないことを理由として、隣室の賃貸借契約を解除すべきであったということはできない。

(3) 結論

以上により、Yは賃貸人としての必要な措置を講じており、Xに対する本件賃貸借契約に基づく債務不履行があったとは認められない。

一方、Xは、平成30年4月1日から同12月1日までの間、Yの債務不履行を理由に、同期間についての賃料支払い債務を免れると主張するが、Yの債務不履行は認められないから、その前提を欠くものであって、採用することはできない。

よって、損害について判断するまでもなく、Xの本訴請求は理由がなく、Yの反訴請求は52万円余(未払賃料91万円-保証金39万円)を求める範囲で理由があるから、これを認容する(東京地裁令和3年1月26日判決)。

総評

本事案では、ネズミ被害に伴う営業損害等の損害賠償を賃貸人に求めた賃借人の主張が認められなかった事例です。なお、Xは本判決を不服として控訴しましたが却下されています。

本件で、賃借人は、ネズミ被害に伴う営業活動に直接影響を及ぼしたような具体的な実害の立証をしていないこと、他の賃借人がネズミ被害により退去したという事実もなかったことなどからも、本件判断に至ったものといえます。

ただし、引渡し時からすでにネズミの侵入経路や巣がある場合、あるいは引渡し後において建物の構造に影響を当たるようなネズミ被害が発生した場合には、賃貸人による修繕責任なども問われるものと考えられるため、賃貸人および仲介事業者においては、これらの点に十分注意した対応が必要であると思われます。

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